鳥獣被害とジビエ活用:深刻化する農作物被害と地域資源化への挑戦

野生鳥獣による農作物被害が深刻化する中、ジビエ活用が新たな解決策として注目を集めています。令和5年度の農作物被害額は164億円に達し、被害面積は4万1千ヘクタール、被害量は51万トンと増加傾向が続いています。シカやイノシシ、クマなどの野生鳥獣による被害は、農業経営を圧迫するだけでなく、農村地域の衰退にもつながる深刻な社会課題となっています。

一方で、被害対策として捕獲された野生鳥獣の約9割が廃棄処分されている現状があります。高タンパク低カロリーな食料資源として価値を持つジビエを有効活用することで、被害軽減と地域活性化を同時に実現できる可能性があります。本記事では、鳥獣被害の実態から最新のジビエ活用事例まで、この社会課題の全体像を詳しく解説していきます。

鳥獣被害の現状と深刻化する背景

鳥獣被害の現状と深刻化する背景

鳥獣被害は日本の農業が直面する重要課題の一つであり、その影響は年々拡大しています。農林水産省のデータによると、令和5年度の野生鳥獣による全国の農作物被害は前年度と比較して8億円増加し、被害面積も7千ヘクタール増加しました。この数字は氷山の一角であり、実際には報告されない被害も含めると、さらに大きな規模になると考えられています。

被害の中心となっているのは、シカ、イノシシ、サルなどの中型から大型の哺乳類です。特に近年ではクマによる人的被害も増加しており、農作物被害だけでなく人命にかかわる深刻な問題として対応が迫られています。野菜、イネ、果樹といった主要作物が被害を受けることで、農家の経営基盤が揺らぎ、耕作意欲の低下や離農につながるケースも少なくありません。

被害拡大の主要因:狩猟者減少と生息環境の変化

鳥獣被害が拡大している背景には、複数の構造的要因が存在します。最も大きな要因の一つが狩猟者の高齢化減少です。かつては地域の猟友会が中心となって野生鳥獣の個体数管理を行ってきましたが、後継者不足により狩猟者の数は年々減少しています。これにより捕獲圧が低下し、野生鳥獣の個体数が増加する結果となっています。

同時に、耕作放棄地の増加も被害拡大に拍車をかけています。手入れがされなくなった農地は野生鳥獣にとって格好の生息地となり、人間の生活圏と野生鳥獣の生息域の境界が曖昧になっています。かつては明確に区分されていた里山と奥山の境界線が崩れることで、野生鳥獣が人里に出没しやすい環境が形成されているのです。

さらに、温暖化による生息域の拡大も指摘されています。冬季の気温上昇により、従来は寒冷地で越冬が困難だった地域でも野生鳥獣が生息できるようになり、被害地域が北上・拡大する傾向が見られます。これらの要因が複合的に作用することで、鳥獣被害は全国的な規模で深刻化しているのです。

農村地域への多面的影響

鳥獣被害がもたらす影響は、単なる経済的損失にとどまりません。農家が丹精込めて育てた作物が一晩で食い荒らされる光景は、生産者の意欲を著しく低下させます。防護柵の設置や見回りの強化など、被害対策にかかる労力とコストも大きな負担となっています。特に高齢化が進む農村地域では、こうした追加的な作業が離農を加速させる要因となっています。

また、鳥獣被害は地域コミュニティの維持にも影響を及ぼします。農業の継続が困難になることで若年層の流出が進み、集落機能の低下につながります。過疎化が進むことでさらに耕作放棄地が増加し、野生鳥獣の生息に適した環境が拡大するという悪循環が生じています。このように、鳥獣被害は農業経営だけでなく、農村社会全体の持続可能性を脅かす構造的問題となっているのです。

ジビエとは:野生鳥獣を資源として捉える視点

ジビエとは:野生鳥獣を資源として捉える視点

ジビエとは、狩猟によって捕獲された野生鳥獣の食肉を指す言葉です。フランス語の「gibier」に由来し、ヨーロッパでは古くから高級食材として親しまれてきました。日本においても、シカ肉やイノシシ肉は伝統的に山間部で食されてきた歴史があります。近年、鳥獣被害対策として捕獲される野生鳥獣をジビエとして活用する取り組みが、新たな地域資源化の手段として注目されています。

ジビエの特徴は、高タンパク低カロリーで鉄分やビタミンB群が豊富な栄養価の高さにあります。シカ肉は牛肉と比較して脂質が約5分の1程度しかなく、健康志向の消費者にとって魅力的な食材といえます。また、自然の中で育った野生鳥獣の肉は、飼育された家畜とは異なる独特の風味を持ち、料理の幅を広げる可能性を秘めています。

ジビエ活用の社会的意義

ジビエ活用は、単なる食材の多様化にとどまらない重要な社会的意義を持っています。第一に、鳥獣被害対策として捕獲された野生鳥獣を食用として活用することで、廃棄処分される個体を減らし、資源の有効活用につながります。現状では捕獲された野生鳥獣の約9割が廃棄されていますが、これを食肉として流通させることで、捕獲活動の経済的基盤を強化できます。

第二に、ジビエビジネスは地域経済の活性化にも寄与します。捕獲、処理加工、流通、販売という一連の過程で雇用が創出され、過疎化が進む山間部に新たな産業が生まれる可能性があります。特に若年層の雇用機会創出は、地域の人口流出を防ぐ効果も期待できます。

第三に、持続可能な食料生産という観点からも重要です。野生鳥獣は自然環境の中で育つため、飼料や水、エネルギーなどの投入が不要であり、環境負荷の低い食料資源といえます。食料自給率の向上や食料安全保障の観点からも、国産の食肉資源としてのジビエは注目に値します。

ジビエ活用における3つの主要課題

ジビエの利活用を拡大するためには、克服すべき課題が存在します。第一の課題は安全性の確保です。野生鳥獣は菌やウイルス、寄生虫などの病原体を保有している可能性があるため、衛生面が整った認証施設での適切な処理と、調理時の十分な加熱が必要不可欠です。消費者に安心してジビエを食べてもらうためには、厳格な衛生管理体制の構築が求められます。

第二の課題は流通と保管の難しさです。野生鳥獣は農作物の被害対策として捕獲されるため、食肉用の家畜のように安定的な需給計画を立てることが困難です。また、個体差が大きく、捕獲された季節や場所によって肉質にばらつきが生じます。冷凍保管設備が必要なことも、レストランなどがメニューに加える際のハードルとなっています。

第三の課題は調理の手間です。ジビエ調理には専門的な知識が推奨され、スネ肉や首肉などの部位は肉を柔らかくするために長時間の煮込みが必要です。こうした労力が提供側の負担となり、ジビエの普及を妨げる要因の一つとなっています。これらの課題を解決するための技術革新や仕組みづくりが、ジビエ活用拡大の鍵を握っています。

最新のジビエ活用事例:技術革新と地域連携

最新のジビエ活用事例:技術革新と地域連携

ジビエ活用の課題を克服するため、全国各地で革新的な取り組みが展開されています。技術革新と地域連携により、ジビエを持続可能な地域資源として確立する動きが加速しています。ここでは、特に注目される先進的な事例を紹介します。

レトルト技術による課題解決:東洋製罐グループの挑戦

東洋製罐グループホールディングスは、辻調理師専門学校および日本ジビエ振興協会と共同で、レトルト技術を活用した「+GIBIERプロジェクト」を始動しました。このプロジェクトは、2021年に発足した食を通じた社会課題解決を目指す「+Recipeプロジェクト」の一環として展開されています。

レトルト技術の最大の利点は、ジビエが抱える3つの主要課題を同時に解決できる点にあります。加圧加熱殺菌により菌やウイルスを死滅させることで安全性を確保し、常温で長期保存可能にすることで流通と保管の問題を解消します。さらに、加熱済みのため開封してすぐに食べられ、調理時も焼き目を入れるなどの仕上げだけで完了するため、提供側の手間も大幅に軽減されます。

約3年間の研究開発を経て誕生した「長野のジビエ三種缶」は、鹿肉を使用した缶詰製品として販売が開始されました。この製品は、捕獲のタイミングが不安定なジビエ肉の需給を安定させ、飲食店での取り扱いを容易にすることで、ジビエの新しい価値を提供する社会システムの構築を目指しています。

残渣の資源化:金沢機工の循環型アプローチ

金沢機工の取り組みは、ジビエ活用をさらに一歩進めた循環型のモデルとして注目されています。同社はジビエ利用後の残渣を炭化装置で資源化し、廃棄物を新たな価値に転換することで、被害軽減に貢献しています。食肉として利用できない部位や処理過程で生じる残渣も無駄にしない仕組みは、ジビエ活用の経済性を高めるとともに、環境負荷の低減にもつながります。

このような残渣の資源化技術は、ジビエビジネスの収益性向上に寄与します。食肉としての販売だけでなく、副産物も含めて多角的に活用することで、捕獲活動の経済的持続可能性が高まります。地域全体でジビエの価値を最大化する取り組みとして、他地域への展開も期待されています。

学校給食への導入:次世代への食育効果

一部の地域では、ジビエ料理を学校給食に導入する取り組みが進められています。子どもたちに地域の課題と解決策を学ぶ機会を提供するとともに、栄養価の高いジビエを食べる経験を通じて、食育の観点からも大きな効果が期待されています。学校給食という安定的な需要先を確保することで、地域のジビエ活用が促進される好循環も生まれています。

給食への導入にあたっては、安全性の確保が最優先事項となります。認証を受けた処理施設で適切に加工されたジビエを使用し、調理過程でも十分な加熱を行うことで、子どもたちに安心して提供できる体制が整えられています。地元の野生鳥獣を食材として活用することで、地域への愛着や環境問題への関心を育む教育的効果も見込まれています。

地域経済活性化とジビエビジネスの展開

地域経済活性化とジビエビジネスの展開

ジビエ活用は、過疎化が進む農村地域において新たな経済活動の基盤となる可能性を秘めています。捕獲から加工、販売に至る一連の過程で地域内に雇用と付加価値を創出し、地域経済の活性化に寄与する仕組みが各地で構築されています。

加工販売事業の成功事例

クイージ社の取り組みは、ジビエビジネスの成功モデルの一つとして注目されています。同社はエゾシカやイノシシを加工販売し、鳥獣害対策と地域経済活性化を両立させています。研究林での被害が起点となり、捕獲された野生鳥獣を商品化することで、問題解決と事業創出を同時に実現しました。

ジビエの加工販売事業では、品質管理と安定供給が成功となります。処理施設の整備により衛生的な環境で食肉加工を行い、冷凍保管技術により通年での供給体制を確立することが重要です。また、ソーセージやハンバーグなどの加工品開発により、消費者が手に取りやすい商品ラインナップを揃えることも販路拡大につながります。

地元企業との連携による商品開発

里山のジビエバーガーの事例は、地域連携によるジビエ活用の可能性を示しています。鹿肉ミンチを活用した商品を地元企業と共同開発することで、鳥獣害解決と地域ブランドの構築を同時に進めています。地元の飲食店や食品メーカーとの協力関係を築くことで、安定的な販路を確保するとともに、地域全体でジビエを盛り上げる機運が生まれています。

商品開発においては、消費者のニーズを的確に捉えることが重要です。ジビエ特有の風味を活かしつつ、初めて食べる人にも親しみやすい味付けや形態を工夫することで、幅広い層に受け入れられる商品が生まれます。地域の特産品としてブランド化することで、観光資源としての価値も高まります。

自治体の支援とPR活動

鹿児島県のように、自治体が主導してジビエのPR活動を展開している事例もあります。捕獲鳥獣を紹介する冊子を作成し、需要拡大を図る取り組みは、ジビエの認知度向上に効果を発揮しています。消費者がジビエに対して持つ不安や抵抗感を払拭し、魅力を正しく伝えることが、市場拡大の第一歩となります。

自治体の支援には、補助金の提供や規制の整備なども含まれます。処理施設の整備に対する財政支援や、ジビエの衛生管理基準の明確化により、事業者が安心して参入できる環境が整います。また、ジビエを活用したイベントの開催や、飲食店との連携促進など、多角的な支援策が地域全体のジビエビジネスを後押ししています。

今後の展望と持続可能な仕組みづくり

今後の展望と持続可能な仕組みづくり

ジビエ活用を持続可能な取り組みとして定着させるためには、技術革新と社会システムの構築が不可欠です。単発的な取り組みではなく、地域全体で継続的にジビエを活用できる仕組みを作り上げることが、鳥獣被害の軽減と地域活性化の両立につながります。

農林水産省も鳥獣被害対策優良活動表彰を通じて、先進的な取り組みを評価し、全国への横展開を促進しています。自動捕獲装置などのスマート捕獲普及事業により、狩猟者の負担軽減と捕獲効率の向上も図られています。こうした公的支援と民間の創意工夫が融合することで、ジビエ活用の可能性はさらに広がります。

今後は、レトルト技術をはじめとする食品加工技術の進化により、ジビエの安全性向上と流通効率化が一層進むことが期待されます。また、ジビエを活用した新たなビジネスモデルの創出や、教育現場での活用拡大により、社会全体でジビエの価値を共有する文化が醸成されることが望まれます。鳥獣被害という課題を、地域資源としてのジビエという機会に転換する挑戦は、持続可能な地域社会の実現に向けた重要な一歩となるでしょう。